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ディズニーランド誘致のエピソード

東京ディズニーランドは、東京ではなく千葉県浦安にある。

1950年代、千葉県浦安は海苔の養殖が盛んな漁師の町。
高度成長期に辺り、海は汚染され漁業は困難になった。

そこで埋め立ててレジャー施設の建設計画が持ち上がった。
名乗りを上げたのは京成電鉄。
1960年三井不動産と共同でオリエンタルランドを設立。
事務所は京成電鉄本社を間借りして、役職員3人のみのスタート。
当時の計画は有り触れた海辺の公園の計画だった。

そんな中、京成電鉄社長(当時)川崎千春(オリエンタルランド初代社長)が、アメリカのディズニーランドを訪れた際に魅力の虜になり、誘致を発案。
「こんな世界を日本の子供に見せてやりたい」と。

当時の日本は高度成長が始まったばかりでまだまだ貧しかった時代。
米ディズニー社に誘致を打診するが相手もされなかったが、十数年にも渡る交渉の末、1979年に契約を果たした(2代目社長高橋政知)。

年間入園者目標は1000万人(関東の主な遊園地3つ4つ分)。
建設費用も当初計画の倍に膨らむ1800億円にも上ったが、
「妥協はするな。本物を造れ」髙橋社長の号令の元、
ついにアメリカ以外で初のディズニーランドとして、1983年”東京ディズニーランド”が開園した。

初年度1000万人の年間入園者目標も達成。
そして現在3000万人を超え、進化し愛され続けている。

参照元
・カンブリア宮殿(2014/12/18放送)
・オリエンタルランド50周年史