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一万円札「福澤諭吉(ふくざわ ゆきち)」エピソード

その1.『かなりの酒好きだった』

生涯にわたって酒を好み酒と縁の深い人生であったことが、回顧録『福翁自伝』で語られています。
特にビールが好きだったようで、禁酒中にも「ビールは酒ではない」と言って毎日のように飲んでいたといわれています。

その2.『女性の権利拡大を主張した』

欧米諸国の女性解放思想を日本に紹介し、「人倫の大本は夫婦なり」として一夫多妻制や男性が妾を持つことを非難しました。
また、女性にも自由を与えなければならないとして、男性と同様の教育を受ける権利があると主張しました。

その3.『居合の達人だった』

若い頃から立身新流居合の稽古を積み、免許皆伝を得た達人でした。
ただし人を斬ったことはないそうで、幕末に急速な欧米思想流入を嫌う者から幾度となく暗殺されそうになっても、斬り合うことなく逃げ切っています。
晩年まで健康のためと称して居合の形稽古に明け暮れていたとのことで、諭吉の死因の一つは「居合のやりすぎ」とまでいわれています。

その4.『27歳まで童貞で女は妻しか知らなかった』

1861年(文久元年)、27歳の時に結婚し、四男五女の9人の子供をもうけました。
明治の医師で慶應義塾医学所校長の松山棟庵によると、諭吉は結婚前にも後にも妻以外の婦人に一度も接したことがなかったといいます。

その5.『和製漢語を創作した』

西洋文明を日本に紹介するにあたり、様々な訳語を考案しました。
会計学の基礎となる複式簿記を紹介する際には、「借方」「貸方」という訳語を考案。
ほかにも「経済」「文明開化」「動物園」「演説」「自由」などの和製漢語を世間に広めたといわれています。