1. TOP
  2. 文化・歴史
  3. 黒幕は誰だ?リンカーン暗殺の謎

黒幕は誰だ?リンカーン暗殺の謎

1865年4月、奴隷解放宣言で名高い、第16代アメリカ合衆国大統領・エイブラハム・リンカーンが暗殺されました。
フォード劇場で夫婦で観劇中での出来事でした。
犯人はメリーランド州出身の俳優・ジョン・ウィルクス・ブース。
南部連合の狂信的な支持者であるブースは、南北戦争(アメリカ合衆国と奴隷制擁護を主張する合衆国を脱退した南部連合との戦争)での南軍の敗北を恨み、北部の政府有力者達の暗殺を計画、リンカーン大統領の暗殺を決行したといわれています。
しかし、この暗殺事件、単なる狂信者による犯行で片づけてしまうには、おかしな点がいくつも指摘されています。

まずは、劇場及び同行者変更の謎です。
当初リンカーン夫妻はグローバー劇場で観劇する予定でしたが、当日になって急にフォード劇場に変更されました。
この変更に関しては、誰がどのような理由で変更をしたのか、不明のままです。さらに同行者として、北軍の司令官・グラント将軍が予定されていましたが、将軍は、「子供たちに会いに行くため」という不可解な理由で、当日になって断ってきました。大統領は慌てて代わりの同行者を探す羽目になります。

犯人・ブースの日記も謎のひとつです。
当初はその存在が否定され、後に証拠として裁判に提出されたブースの日記ですが、暗殺事件前後の期間に相当するおよそ24ページの記述の部分が破り取られ、証拠能力を失っていました。

暗殺が起こる前に、まるで事件が予期されていたような不思議な動きもみられました。
ワシントンから2000キロ以上も離れた、ミネソタ州のセント・ジョゼフという村では、暗殺事件発生の14時間も前に、リンカーン大統領暗殺のニュースが伝わっていた、といわれてます。
さらに噂はすぐに広まり、ニューヨーク州ミドルタウンの地元新聞・ホイッグ・プレス紙は「大統領暗殺される」の記事まで載せています。

その他にも、当日の警備体制に不備があるなど、事件後、諸々の不審点が明るみになり、単なる跳ね上がり分子の犯行というには無理がある、という指摘は当時からなされていました。
では、仮にある種の陰謀があったすると、黒幕は誰でしょうか。
最も有力視されているのが、暗殺事件の捜査責任者でもある、陸軍長官のスタントンです。彼の暗殺事件直後の動きも実に不可思議なものでした。
見当違いの初動警戒、事件発表や捜査体制の構築の遅れなど、なぜか、故意に犯人逮捕を遅延したとしか思えない杜撰な捜査を行っています。
また、スタントンは、グラント将軍に代わる同行者の変更やブースの日記の隠蔽など、事件のデリケートな部分にはほとんど関わっています。

事件の黒幕にして、捜査責任者というのは、まさにマッチポンプですが、彼ならば、リンカーン暗殺を計画・お膳立てし、実行(実行役・ブースは逮捕時に射殺されています。死人に口なしですね)させる力があったといえるでしょう。
スタントン一派は、リンカーンの、南部との穏健な融和政策に強行に反対していましたから、そのあたりが動機である、と考えられています。

さて、「それはさておき、お芝居の方はいかがでしたか?大統領夫人」などという実にタチの悪いジョークがあります。
当の大統領夫人のメアリーは事件後、ショックで精神に異常をきたしてしまいました。悪妻で有名なメアリーですが、さすがにちょっと気の毒ですよね。