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上野駅(台東区)にまつわる話。

駅名の上野は古くからある地名で、台地の上にある野原という意味です。
武蔵野台地から続く上野台地の端にあたるのが上野恩賜公園(うえのおんしこうえん)のある上野山です。

上野公園は、芝公園、飛鳥山公園、浅草公園、深川公園とともに、1873年(明治6年)に明治政府によって指定された日本最初の公園の一つです。
1924年(大正13年)に宮内省から東京市に払い下げられた際に、上野恩賜公園という名称となりました。

もともと上野山は徳川家の菩提寺である寛永寺の敷地でしたが、幕末に起こった一連の戊辰戦争の一つである上野戦争で、彰義隊などの旧幕府軍と薩長を中心とする新政府軍が戦った際に焼け野原となりました。
上野山には「上野の西郷さん」として有名な西郷隆盛像がありますが、この時に新政府軍の参謀として彰義隊を壊滅させたのが、薩摩の西郷隆盛です。
その後、医学校と病院を建てるために上野山を視察したオランダの軍医ボードウィンが、この地を公園として残すよう明治政府に提言しました。

このためボードウィンは上野公園の生みの親と称され、今でも上野公園にはボードウィンの業績を顕彰する胸像があります。
実はこの像、1973年(昭和48年)に公園指定100周年を記念してオランダ大使館より贈られましたが、制作時の手違いで顔がボードウィンの弟のものだったことが発覚し、2006年(平成18年)に建て替えられた2代目です。

ボードウィンの弟は、神戸で初代の駐日オランダ領事を務めた人物でした。
弟の顔が使われた初代ボードウィン像は、しばらく東京のオランダ大使館に保管されていましたが、2010年(平成22年)に所縁の地である神戸市に寄贈されました。