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秋葉原駅(千代田区)にまつわる話。

秋葉原の名は、明治の初めに秋葉社(あきばしゃ)と呼ばれる神社が置かれた火除地(防火用の空地)のことを「秋葉の原(あきばのはら)」「秋葉っ原(あきばっぱら)」などと呼んだことに由来します。
このため地名としての秋葉原の読みは本来「あきばはら」でしたが、駅名の読みが開業時に「あきはばら」とされて以降、次第に地名としても「あきはばら」が定着するようになりました。

当初の秋葉原は火除地のあった狭い町域のみを指していましたが、駅の発展とともにその指す範囲を拡大していきました。
現在では東は昭和通り、西は昌平橋通り、南は神田川、北は蔵前橋通りに囲まれた区域を指すことが多いようです。

秋葉原といえば世界有数の「電気街」として有名で、日本全国はもとより世界各地から買物客や観光客が集まります。

秋葉原には戦前から家電の卸売りや小売を営んでいた会社があり、戦後すぐに中央通り沿いに電気店が続々と店を構えました。
一方、神田小川町から神田須田町界隈の戦後の闇市では、真空管などのラジオ部品を扱う店が集まり、露店の「電気街」が形成されていきました。
これは、近隣の電機工業専門学校(現在の東京電機大学)の学生がラジオを組み立てて販売したところ、当時のラジオ人気で爆発的に売れたためだといわれています。
こうした露天商が1949年(昭和23年)にGHQによる露店撤廃令によって秋葉原駅のガード下に収容されたことが、秋葉原の電気街の始まりとされています。
こうして、中央通りと秋葉原駅電気街口周辺の電気店から構成される「電気街」が出来上がっていきました。