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太閤様の虎食い

一説によると300人の側室を持っていたといわれる豊臣秀吉。この女好きの太閤様が、晩年、滋養強壮のためによく食べていたのが虎の肉です。
「虎は千里を往って千里を還る」という言葉にあやかっての、精力剤代わりの薬食いだったようですよ。虎の肉は主に朝鮮半島から入手していたそうです。

秀吉と朝鮮半島といえば、例の朝鮮出兵(文禄・慶長の役)ですね。
当時、まだ朝鮮半島には虎が生息(アムールトラ。1940年代に北朝鮮で捕獲された記録を最後に絶滅したとされていますが、現在でも白頭山周辺に生存しているという説もあります)していました。
半島に出兵した武将たちは、秀吉にその肉を献上しようと、盛んに虎狩りを行ったとされています。薩摩国の武将で「鬼島津」とも呼ばれた猛将・島津義弘も、虎2頭分の塩漬け肉を秀吉に送った、と『島津家文書』の記録に残っています。

加藤清正のいわゆる「清正の虎退治」の有名な逸話もありますね。
朝鮮に出兵した清正の陣の近くに虎が出没し、馬を連れさったり、家臣を殺したり、という悪さを働いたため、怒った清正が山狩りを決行、虎を見つけるとその喉元を槍で突いて仕留めた、という話です。
退治された虎の肉は、やはり塩漬けにされ、日本に送られて、秀吉の腹の中に収まったそうです。
ちなみに、この話の「清正が虎の喉を槍で突いて退治した」というくだりですが、実際はちょっと違っていて、どうやら鉄砲で撃った、というのが真相のようです。
しかし「加藤清正・虎退治」の絵図となれば、大概は槍や刀を手にした清正が虎を相手に奮戦している場面が描かれています。「賎ヶ岳七本槍」にも数えられた清正ですから、絵としても話としても、刀や槍の方が収まりがいいのですね。

秀吉は虎以外にもニンニクや生姜等、スタミナの付く食物を摂っていました。
各地の大名から献上品も、鯨をまるまる一頭などという凄いものもあったようです。
また、戦国時代は、宣教師たちを通じて、カステラや金平糖などのいわゆる南蛮菓子が日本に入ってきた時期でもありますが、秀吉はカステラも大好物で、よく食べていたそうですよ。