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ロケット開発の父『糸川 英夫(いとかわ ひでお)』エピソード

略歴
(1912年~1999年)東京生まれ。東京帝国大学工学部航空学科卒業。東京大学教授、工学博士。1967年、組織工学研究所設立。ペンシルロケット*の開発者。「日本のロケット開発の父」とも称される。著書に『逆転の発想』。
※「ペンシルロケット」…1955年、長さ30センチのロケットを垂直発射実験し、600メートルの高度を記録した。鉛筆のようなところからこの愛称になった。

エピソード1『ライバルはリンドバーグ』

1927年、アメリカのチャールズ・リンドバーグがニューヨークからパリまで、大西洋の無着陸横断飛行に成功し、一躍世界の英雄となりました。
そのニュースを耳にした、当時中学生だった糸川は、「大西洋はリンドバーグが飛んでしまったけど、まだ太平洋が残っている」と思ったそうです。そして、糸川少年は猛勉強し、難関・東京帝国大学航空学科に入学、大空に夢を馳せるのでした。
リンドバーグの歴史的快挙に競争心を燃やした糸川少年、やはり当時から只者ではなかったのですね。

エピソード2『運転手は大先生』

それまでのロケット発射実験場では手狭になってきたため、新たな射場を求めて、糸川が、射場の候補地のひとつである、鹿児島県内之浦町 (現・肝付町)を訪れたときのことです。
現地調査のため、隣の鹿屋市でタクシーを手配し、行先を告げると、タクシーの運転手は「あそこは道が悪い」と言って、内之浦に行くのを渋ります。すると、糸川は「それでは私が運転する」と言って、運転手を助手席に座らせ、自らがハンドルを握って、現地に向かいました。
目的地への到着が第一で些事には頓着しない、なんとも糸川らしい逸話ですが、「東大の偉い先生がやって来る」と出迎えに出ていた地元の町長や婦人会の面々は、当の偉い先生本人がタクシーを運転してきたことに驚いたそうです。

エピソード3『半世紀がかりのヴァイオリン製作』

高校時代に始めたチェロなど、音楽も趣味のひとつにしていた糸川ですが、楽器を演奏するだけでなく、楽器の製作も行ないました。
糸川は教え子に依頼され、ヴァイオリン作りをはじめます。その製作の仕方がさすがに糸川で、まずあらゆるヴァイオリンの曲を徹底的に分析して、使用頻度の高い音を発見すると、その音をよりよく鳴らすために、波動方程式を使って振動解析し、その結果から理論を導きだし、音響工学に基づいて、ヴァイオリンを作り上げたそうです。
このヴァイオリン、最終形の完成までになんと約半世紀近くがかかっているそうですよ。

…続きは『That’s 雑学12』
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ペンシルロケット

【人物画像】Wikipedia